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名古屋高等裁判所 昭和60年(ネ)86号 判決

第八六号事件控訴人 株式会社 中京相互銀行

右代表者代表取締役 中野仁

右訴訟代理人弁護士 鈴木匡

同 大場民男

同 鈴木和明

同 吉田徹

同 鈴木雅雄

第一七六号事件控訴人 商工組合中央金庫

右代表者理事長 佐々木敏

右訴訟代理人支配人 大木昭男

右訴訟代理人弁護士 坪井俊輔

被控訴人 村木喜平

右訴訟代理人弁護士 樋上陽

同 北岡雅之

主文

1  控訴人らの本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決中控訴人らに関する部分を取り消す。

2  被控訴人の控訴人らに対する請求はいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  被控訴人の請求原因

1  原判決添付別紙物件目録記載の物件(このうち、4、5、7ないし9、11ないし13の物件を以下「本件物件」ともいう。)はいずれも被控訴人の所有である。

2  本件物件には次の各登記がなされている。

(一) 物件4、5、8、9、11、12につき奥野熹美(以下「奥野」という)を権利者とする津地方法務局伊勢支局昭和四五年一一月二日受付第一九七四四号所有権移転登記

(二) 物件7、13につき奥野を権利者とする同法務局同支局前同日受付第一九七四三号所有権移転登記

(三) 物件4、5、7ないし9、11ないし13につき控訴人商工組合中央金庫(以下「控訴人商工中金」という。)を権利者とする同法務局同支局昭和四七年八月三〇日受付第二〇二三四号根抵当権設定登記

(四) 物件4、5、7ないし9、11ないし13につき株式会社赤紫屋(以下「赤紫屋」という。)を権利者とする同法務局同支局昭和四八年六月二九日受付第一四三七六号所有権移転登記

(五) 物件4、5、7ないし9、11ないし13につき控訴人株式会社中京相互銀行(以下「控訴人中京相互」という。)を権利者とする同法務局同支局昭和五三年一月二三日受付第一七〇八号根抵当権設定登記

(六) 物件4、5、7ないし9、11ないし13につき控訴人商工中金を申立人とする同法務局同支局昭和五六年一〇月二日受付第一九八〇六号差押登記

3  前項(一)、(二)、(四)の各登記は無効であり、抹消を免れないところ、控訴人らは前記のとおり右抹消につき登記簿上の利害関係を有するので、被控訴人は、控訴人中京相互に対して前項(四)の登記の、控訴人商工中金に対して同(一)、(二)、(四)の各登記の抹消登記手続きをなすことの承諾を求める。

二  請求原因に対する控訴人らの答弁

請求原因事実は認める。

三  控訴人らの抗弁

1  物件7、13につき、被控訴人自身もしくは被控訴人から一切を任されていて代理権を有していた村木敏昌は、昭和四〇年九月二二日訴外新川英一こと朱錫瑢に対して、元本極度額一〇〇万円の根抵当権(債務者は被控訴人と村木敏昌)を設定し、右根抵当権に基づく競売によって昭和四二年一〇月一四日朱がこれを競落(昭和四三年一月三一日登記)した。

(控訴人中京相互の主張)仮に、朱の根抵当権が無効であるとしても、被控訴人は競売手続きにおいて異議を述べず、競落に至ったのであるから、被控訴人は物件7、13につき根抵当権の無効を主張し、朱の所有権の取得を争うことはできない。

また、物件4、5、8、9、11、12は、昭和四四年三月一日被控訴人から訴外村木登美子に贈与され(同月一五日登記)、同四五年七月二七日ころ、訴外吉田英一に譲渡された(同年八月四日登記)。

そして、物件4、5、7ないし9、11ないし13は、朱と吉田から、昭和四五年七月三〇日奥野に(同年一一月二日登記)、昭和四八年六月二九日ころ赤紫屋に(同日登記)順次譲渡された。しからずとしても、昭和四五年七月三〇日、朱と吉田から、赤紫屋(但し奥野名義)に譲渡された。

物件4、5、7ないし9、11ないし13につき、控訴人商工中金は奥野から、控訴人中京相互は赤紫屋から前記の各根抵当権の設定を受けたものである。

2  仮に、1の事実が認められず、赤紫屋、奥野が有効に、所有権を取得していないとしても、被控訴人は昭和四九年春ころ赤紫屋、奥野の所有権を認め、これらの者にいたる処分行為を追認した。

3  仮に、赤紫屋、奥野が無権利者であったとしても、昭和四六年もしくは昭和四九年ころ被控訴人は無効の登記の存在を知りながら、これを承認し、回復する手段をとらずこれを放置したものであるから、被控訴人は民法九四条二項の類推により、右の者らの各登記が真正なものと信じて本件各根抵当権の設定を受けた控訴人らに対してその無効を主張することができない。

四  抗弁に対する被控訴人の答弁

1  抗弁1の事実は、控訴人ら主張の登記がなされていることは認めるが、主張のような所有権の移転があったことは否認する。

村木登美子に対する贈与、朱に対する根抵当権の設定は敏昌が被控訴人に無断でなしたものである。

2  同2の事実は否認する。

3  同3の事実は否認する。被控訴人は、奥野、赤紫屋の不実登記を承認したり、放置したりしたことはなく、奥野のそのうち抹消するとの言を信じていたにすぎず、民法九四条二項を類推適用する余地はない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  控訴人らが抗弁1で主張するところの奥野、赤紫屋が本件物件の所有権を取得した事実は、これを認めるに足る証拠はない。

かえって、《証拠省略》を総合すると、

1  物件7、13についての朱に対する前記根抵当権の設定は、被控訴人の実子である敏昌が、被控訴人の承諾を得ることなく、被控訴人の保管する本件物件の権利証や被控訴人の印鑑を持ち出しこれを冒用してなしたもので、無効であって、右無効な根抵当権に基づく競売による朱の取得も無効であること(控訴人中京相互は競売手続きにおいて無効を主張しなかったから被控訴人はもはやその無効を理由として朱の競落による所有権の取得を争えないと主張するが、民事執行法施行前の競売法による競売については、競落後においても担保権の無効を主張して所有権の取得を争うことができると解され、同控訴人の主張は失当である)、もつとも、競落後昭和四五年初めころにおいて、朱は敏昌から競落代金相当額の支払いを受け、物件7、13につき権利を主張するものではなかったこと、

2  物件4、5、8、9、11、12についての、村木登美子に対する所有権移転登記も、敏昌が、被控訴人の承諾を得ることなく、被控訴人の保管する本件物件の権利証や被控訴人の印鑑を持ち出しこれを冒用して同敏昌の妻登美子名義にしたもので、敏昌は、吉田英一に対する借金の担保として昭和四五年に更に同女から同吉田に名義を移転しているものであつて、これらの登記はいずれも無効であること、

3  なお、敏昌は被控訴人所有の農地である原判決添付別紙物件目録1、2、3、6、10の物件及び三重県度会郡玉城町宮古字別所一二四五番の田、三一四平方メートル(以下これら六筆の物件を「件外物件」という。)についても、同様登美子名義に条件付所有権移転仮登記をなし、ついで朱に対してこの仮登記所有権移転の仮登記(但し仮登記上の名義は坂田都司夫)をなしていた。

4  ところで、榎本平は敏昌の友人であり、被控訴人宅にも出入りしていたこともあって、敏昌が本件物件と件外物件の権利証を登美子に保管させていることを聞知し、被控訴人、敏昌の承諾を得ることなく、昭和四五年一〇月ころ登美子に対し「本件物件と件外物件は村木マキ子(被控訴人の娘)に譲渡することとなったので、権利証を返してほしい。」旨告げて、その交付を受けたこと、

5  そして、同月末ころ、榎本平は、被控訴人もしくは敏昌から依頼されたこともないのに、奥野を訪れ、「敏昌が吉田、朱から借りた金を返すことができないと本件物件と件外物件を同人らに取られるので、これらの物件を買戻特約付で買い取ってほしい。」旨虚偽の事実を申し向けたところ、奥野は金五〇〇万円でこれらの買い取りに応ずることとし、父親が代表者であるが実質奥野が経営していた赤紫屋から金五〇〇万円を借り受けて榎本平に交付し、件外物件につき条件付所有権移転仮登記、物件7、13につき朱からの自己への所有権移転登記、物件4、5、8、9、11、12につき吉田からの自己への所有権移転登記を経由した(なお登記に必要な朱、吉田の印鑑証明等は榎本において用意したものと推認される。)。

その後、奥野は、税務署から赤紫屋の金で物件を取得していることを指摘され是正を指示されたため、真正名義回復を原因として本件物件につき自己から赤紫屋に名義変更した。

以上の事実が認められるのであって、この事実からすると、本件物件は依然として被控訴人の所有であり、奥野、赤紫屋の所有になったことはなく、同人ら名義の登記は抹消を免れないものである。

三  そこで、抗弁2、3について判断するに、《証拠省略》によると、被控訴人は、物件7、13につき朱の申立てによる競売が進行中、右物件につき敏昌が被控訴人に無断で根抵当権を設定したことを知って、敏昌に抗議したが、この件は自らの手で解決するとの同人の言を信頼して、それ以上の行動にはでなかったこと、その後、被控訴人は昭和四九年五月ころ、訴外株式会社ミエ・フードに対する債務の弁済として農地を処分する必要が生じて登記簿をとって初めて本件物件が赤紫屋に名義移転され、件外物件につき奥野名義の仮登記がなされていることを知り、数回にわたり奥野方を訪れ、件外物件の仮登記の抹消を強く求めたが、奥野から前記度会郡玉城町宮古字別所一二四五番の田について仮登記の抹消の承諾を得た他は、「金一二〇万円の支払いを受けなければ抹消に応じられない。」と拒絶され、本件物件や件外物件について敏昌や榎本にも解決方を求めたが、同人らも奥野の強硬な姿勢にあい、目的を達成できなかったため、敏昌や榎本によって解決されるのを待つ他はないものとして、それ以上に奥野や赤紫屋には抹消請求をしなかったこと、以上の事実が認められる。

控訴人らは、昭和四九年春ころ被控訴人が奥野に対して、本件物件が奥野の所有であることを認め、奥野にいたる処分行為を追認したと主張するが、前記認定事実からすると、奥野と被控訴人との交渉では、本件物件が問題となっていたといえないことは明らかであるし、また、前掲各証拠によっても、本件物件についてはもとより、件外物件についても被控訴人が追認したような事実は認められず、他にこれを認めるに足る証拠はないから、右主張は失当である。

次に控訴人らは、被控訴人は不実登記の存続を承認し、これを放置したものであるから、被控訴人は、民法九四条二項の類推適用により奥野、赤紫屋の右登記を真正なものと誤信して取引関係にたった控訴人に対しては、登記名義人に所有権が移転していないことをもって対抗することができないと主張する。しかしながら、民法九四条二項を類推適用することができるのは、真実の所有者が自ら不実登記を作出したり、不実登記の作出に原因を与えたりした場合や、不実登記の存在を知った上でこれを利用して新たな行為に及んだ等、権利者が当該不実登記の存在を積極的に容認した事実があり、その実質において民法九四条二項と同視できる場合に限るべきものであり、単に、不実登記の抹消手続を怠りこれを放置していたに過ぎないような場合にはいまだこれを類推適用する余地はないと解するのが相当である。

そこでこれを本件についてみるに、被控訴人が本件奥野と赤紫屋の不実登記の作出に関係したり、原因を与えたような事実や、不実登記の存在を知った上でこれを利用して新たな行為に及んだ事実等、不実登記の存在を積極的に容認したような事実を認めるに足る証拠はなく、前記認定事実によっても被控訴人は昭和四九年五月ころ奥野や赤紫屋を権利者とする不実登記の存在を知り(控訴人商工中金は同控訴人が根抵当権の設定を受ける以前の昭和四六年ころ右登記の存在を知ったと主張するがこれを認めるに足る証拠はない。)、その抹消を求めたが応じてもらえず、その後、単にこれを放置していたにすぎないものと認むべきであるところ、前記のとおり単に不実登記を放置していたことを理由としては民法九四条二項を類推適用することはできないから、結局本件につき民法九四条二項を類推適用する余地はなく、控訴人らの右主張は理由がない。

四  以上によれば、被控訴人の控訴人らに対する請求を認容した原判決は、結局、相当であって、本件控訴はいずれも理由がない。よって、これをいずれも棄却することとし、民訴法九五条、九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老塚和衛 裁判官 鷺岡康雄 野田武明)

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